King of swimmer レジェンドを打ち立てた選手 : 北島康介

日本水泳界は長い間低迷期を迎え、オリンピックでのメダリストをなかなか生み出せない状況が続きました。

そんな中、久しぶりに出てきたスーパースターであり、日本水泳界の中でもナンバー1の実績、功績を残してきたのが北島康介さんです。

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日本水泳界が誇るスーパースター

北島康介さんの略歴ですが、1982年に東京都荒川区で生まれ、5歳の時から東京スイミングセンターで水泳を始めました。東京スイミングセンターは、既存のクラブで珍しく50メートルプールを有しており、選手の強化につながりやすく、多くの選手が在籍しています。

北島康介さんが、東京スイミングセンターで水泳を始めたのとほぼ同時期に入社したのが、日本水泳界の強化に欠かせない存在として今も活躍する平井伯昌さんでした。

平井さんと北島康介さんの関係性は中学2年の時から始まり、この時から師弟の絆が見られるようになります。北島康介さんが一気に有名になるのは、2000年シドニーオリンピックの選考大会となった、日本選手権で日本記録を打ち出して優勝し、日本代表になった時でした。

高校生の身でありながら代表に選ばれ、本番では100メートル平泳ぎで4位になるなど健闘を見せました。2001年の日本選手権では、50メートル、100メートル、200メートルの平泳ぎで優勝し、この年に日本で行われた世界選手権では、銅メダルを獲得するなど成長を見せました。

そして、2002年のアジア競技大会では200メートル平泳ぎで10年ぶりに世界記録を打ち出し、初めて世界記録保持者となり、世界の北島として世界中に知られる存在となっていきます。

オリンピックで2種目2冠の大偉業

北島康介さんの略歴で必ず紹介しなければならないのは、オリンピックでの実績です。

2000年のシドニーオリンピックでは悔しい4位となりましたが、その後の世界水泳、日本選手権では安定した成績を残し続け、2003年の世界水泳では、100メートルと200メートルの平泳ぎにおいて世界新記録で優勝するなど、実績を残してきました。

2004年のアテネオリンピックでも、オリンピック直前に世界記録をほかの選手に破られながら落ち着いており、100メートル200メートルそれぞれの平泳ぎで金メダルを獲得しました。

翌年世界水泳の代表に落選するなど波乱もありましたが、確実に4年後のオリンピックに照準を合わせ、2008年の北京オリンピックでは再び100メートルと200メートルの平泳ぎで金メダルを獲得し、100メートル平泳ぎでの連覇は史上初、200メートル平泳ぎの連覇は76年ぶりの偉業となりました。

76年前に達成したのも日本人であり、鶴田義行さんでした。平泳ぎで連覇を達成したのは北島康介さんと鶴田義行さんの2人しかいない大偉業です。

しかし、その後は順調さを欠き、2012年のロンドンオリンピックではなんとか日本代表の座を死守したものの、メダルを獲得することができず、メダルなしのまま終わるはずでした。

ところが、メドレーリレーにおいて、他の種目の選手たちの奮闘もあり、史上初めて銀メダルを獲得し、有終の美を飾ることができました。

北島康介さんはこれにより、金メダル、銀メダル、銅メダルすべてを獲得することができ、その名を残すことになりました。

北島康介さんの有名な言葉の数々

北島康介さんの略歴を見ると、実に多くの言葉が飛び出て、それが流行語として広まり、今でも北島康介さんを代表する言葉として多くの人に浸透しています。

2004年のアテネオリンピックで登場した「超気持ちいい」は、その年の流行語大賞の年間大賞に選ばれ、水泳をしている人なら誰しも使う言葉となり、それ以外の場でも使われる機会がありました。

2008年の北京オリンピックでは、「何も言えねえ」というフレーズが飛び出し、流行語大賞にノミネートされていました。この時の心境として、お世話になった人への感謝を伝えようとしたものの、こみあげてくる思いがあったため、それで言葉が出なかったという背景があり、そのフレーズにつながりました。

北京オリンピックの時は、高速水着の騒動で選手の泳ぎではなく、水着の性能に関する問題が過熱し、北島康介さんが正直言ってうっとうしいというような言葉で苦言を呈し、泳ぐのは自分だというのをアピールするなどメッセージ性の強いアピールをするときもありました。

こうしたメッセージの強さは北島康介さんの特徴でもあり、いい面でもあります。

2016年のリオデジャネイロオリンピックの代表になることができず、引退を表明しましたが、閉会式に行われる東京オリンピックの引き継ぎ式では、日本を代表する選手として登場し、会場にも姿を見せました。

オリンピックで金メダルを4つ、しかも2種目2冠という大偉業を残した選手ということもあり、会場は大いに盛り上がったのは言うまでもありません。

現在も水泳に携わり、日本代表の合宿に参加するなど選手の引退はしたものの、後進の指導のため、今も選手の近くで活動を続けています。

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