1936年に、日本プロ野球が発足してから、数多くの名ピッチャーが輩出されてきました。
野球は、打率3割を打てば良いバッターと呼ばれることからわかるように、基本的には、ピッチャーの方が優位に立って試合を進めることができるスポーツです。
そのためピッチャーの調子が良ければ、相手打線も簡単に長打を打ったり、連打を浴びせることもできません。
そして、長打や連打を浴びなければ、相手チームに得点を取られる可能性も少なくなり、その結果として、チームは限りなく勝利に近づくことができるのです。
もちろん、ピッチャーの調子が悪ければ、長打を打たれたり連打されたりする上に、コントロールを乱して、フォアボールやデッドボールなどを交え、ピンチを拡大し大量失点する可能性も高まります。
こういったことからもわかるように、野球において、ピッチャーは最もチームの勝敗を左右するポジションなのです。
プロ野球!不滅の記録
三振を多く取れるピッチャーの特徴と魅力
そして、勝敗の鍵を握っているピッチャーは、大きく分けて2種類のタイプが存在します。
それが、速い球で相手バッターをねじ伏せる豪腕タイプと、変化球やコントロール抜群の球で、バッターが打つタイミングを外しながら打ち取る軟投タイプです。
ただ、バッターが放つ大きなホームランに、多くのプロ野球ファンが熱狂するように、ピッチャーが豪速球で三振を取る姿にも多くのプロ野球ファンは酔いしれます。
そういったこともあって、日本プロ野球界を代表するようなピッチャーの中でも、高い人気を誇っている選手というのは、三振が取れる豪腕タイプのピッチャーが多いのです。
また、打たせて取る投球の場合には、バッターが塁に出られる可能性がありますが、三振は振り逃げ以外に、バッターは塁に出ることができません。
ピンチの場面も、一瞬で切り抜けることができるということも、奪三振が持つ大きな魅力でもあります。
奪三振記録ランキングの上位は剛速球を武器にしたピッチャー揃い
プロ野球ファンを熱狂させる奪三振に関する記録は、通算奪三振や1シーズン最多奪三振、1試合最多奪三振、1イニング最多奪三振、連続奪三振、連続イニング奪三振など数多くあります。
そういった中でも、投手タイトルとして表彰される、シーズン最多奪三振を記録した選手に贈られる、奪三振王はもちろんのこと、通算奪三振記録や1試合最多奪三振記録は、テレビの野球中継などでもよく紹介される記録です。
ちなみに奪三振王のタイトルは、1989年からパシフィックリーグ、1991年からセントラルリーグで、投手タイトルとして制定されました。
そのため、制定される以前は、表彰されることはありませんでしたが、シーズンごとの最多奪三振投手は記録として残っています。
歴代の奪三振王を見ると、沢村栄治選手やスタルヒン選手、金田正一選手といった日本プロ野球界のレジェンドらをはじめ、江川卓選手や小松辰雄選手など、速球を武器にした豪腕投手がほとんどです。
また、これは通算奪三振記録にも同じことが言えます。
通算奪三振記録ランキングにおいても、上位はほとんどが豪腕投手ばかりです。
ちなみに、日本プロ野球界で、最も三振を奪ったピッチャーは、前人未到の400勝を記録している金田正一選手です。
通算奪三振数は4490で、2位の米田哲也選手と1102もの差を付けて断トツの首位となっています。
金田正一選手が活躍していた当時に、160km/hは出ていたとも言われているほどの剛速球を武器にした日本プロ野球会唯一の400勝投手だけに、こういった奪三振記録も十分に納得ができます。
ただ、驚くことに1試合最多奪三振の記録となると、これだけ数多くの三振を奪ってきた金田正一選手ではないのです。
1試合最多奪三振の日本記録保持者・野田浩司選手
日本プロ野球界においての、1試合最多奪三振の記録を持っているのは野田浩司選手です。
野田浩司選手は、社会人を経て1987年にドラフト1位で阪神に入団したピッチャーで、将来のエース候補でした。
ただ、ピッチャーとして本格的にブレイクしたのは、トレードでオリックスへ移籍した1993年以降だったのです。
阪神在籍時から、150km/h近い速球と、打者の視界から消えてしまうほどに鋭く落ちるフォークボールを武器にしているピッチャーでしたが、阪神在籍5シーズンで、最も多く三振を取ったのが1991年の143が最高でした。
しかし、オリックスへの移籍が決まった際に、阪神でチームメイトだった和田豊選手から、投球フォームの癖を指摘されたことが、野田浩司選手の野球人生を変えることとなったのです。
オリックス移籍1年目には、17勝で最多勝を獲得し、4試合連続で二桁奪三振も記録しました。
このシーズンの野田浩司選手の奪三振数は、キャリアハイの209でした。
移籍をきっかけに、三振を取れるピッチャーとなった野田浩司選手でしたが、同時期には、トルネード投法でお馴染みのドクターKこと野茂英雄選手や、158km/hという当時の日本人最速球記録を持つ伊良部秀輝選手がいたために、オリックスでも奪三振王のタイトルは獲得することはできませんでした。
ただ、移籍2年目となった1994年に、プロ野球タイ記録となる、1試合17奪三振を記録し、1試合最多奪三振記録保持者となりました。
そして、野田浩司選手は、翌年1995年には1試合19奪三振を記録し、2016年シーズン終了現在でも日本記録保持者として君臨しています。
ちなみに、野田浩司選手の通算奪三振数は1325で歴代76位です。
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