大相撲の歴史を知ろう

両国国技館の大相撲の壁画
2017年初場所、大関稀勢の里が初優勝を飾り横綱昇進を決めました。
日本人力士の横綱昇進は1998年の3代目若乃花以来となる歴史的な出来事です。
大相撲ファンとしては待望の日本人横綱の誕生となりました。

ここで大相撲の歴史を振り返ってみたいと思います。

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大相撲の歴史を振り返る

相撲は元々力くらべや取っ組み合いから発生したスポーツです。

そんな相撲の歴史の起源は、古事記の中に書かれている力くらべの神話や、日本書紀に書かれている宿禰(すくね)が蹴速(けはや)と天皇の前で対戦して勝った話などとされています。

そして相撲はその年の農作物の収穫を占う祭りの儀式として毎年行われるようになり、後に宮廷の行事として平安時代後期まで続きます。

奈良時代には三手の禁じ手(突く・殴る・蹴る)や四十八手などの礼儀作法が制定されたと言われ、続日本紀には相撲の最初の記録と言われている聖武天王の相撲観戦に関する記述があります。

鎌倉時代には源頼朝の奨励などもあり、武士の戦闘の訓練として盛んに相撲が行われました。

戦国時代の織田信長も相撲を奨励し、各地から力士を集めては安土城などで上覧相撲を開催し、勝ち抜いた人を家臣として召し抱えました。

また、土俵の原型を考案したのは織田信長と言われています。

平和な江戸時代になると、相撲を職業とする人が現れるようになります。

すると勧進相撲と呼ばれる寺社の建築・修繕などの募金を目的とした興行相撲が全国で行われるようになり、江戸時代中期には定期的に相撲が興行されるようになります。

そして徳川将軍による上覧相撲、谷風、小野川、雷電といった強い力士の登場により相撲人気が急速に高まり、歌舞伎と並ぶ娯楽へとなりました。

この江戸時代の流れが今日の大相撲の基礎を確立しました。

土俵入り、番付表、化粧まわし、取組の形などは江戸時代からほとんど変わっていません。

しかし、明治時代に入ると相撲存続の危機が訪れます。

日本を歴史的な改革へと導いた明治維新と文明開化に伴って、裸禁止令が制定されるのです。

当然、相撲禁止論が浮上します。

この危機を救ったのが明治天皇と伊藤博文です。

明治天皇は自らも相撲を取ることが多かったので、その意を受けた伊藤博文と共に相撲存続に尽力し、天覧相撲を実現しました。

これによって大相撲が社会的に認められ、相撲存続の危機を脱しました。

そして東京相撲協会と大阪相撲協会が設立され、組織としての形態が確立しました。

明治42年の1909年には旧国技館が建設され、力士が今のように羽織袴姿で場所入りするようになります。

大正時代には大日本相撲協会に一本化され、年4場所開催が定着します。

そしてラジオの普及により、放送時間の関係から仕切りの時間や制限時間が決まることになります。

そんな大相撲が国民的スポーツへの階段を着実に上っていた矢先、第二次世界大戦が起こります。

戦後は国技館の建設問題、横綱の相次ぐ成績不振による横綱審議委員会の発足など、様々な問題を抱えながらも徐々に復興していきます。

その後、全国的にテレビが普及し始め、NHKでの相撲の中継が開始されます。

栃錦と初代若乃花の栃若時代による大相撲人気上昇に伴い、年間の場所数も増え、現在の年6場所開催が定着しました。

その後も大相撲人気は衰えることなく、日本人が好きなものとして巨人・大鵬・卵焼きと横綱大鵬の名前が挙がるまでになり、国民的スポーツとなりました。

高見山が史上初の外国出身力士による幕内最高優勝を成し遂げたのもこの頃です。

1984年には新国技館が完成し、1985年の初場所から現在に至るまで使われています。

その記念すべき最初の場所で全勝優勝したのが昭和の大横綱千代の富士でした。

そこから横綱千代の富士の時代が続きますが、千代の富士が引退すると群雄割拠の時代になります。

その中で外国人力士の活躍が徐々に目立つようになっていきます。

平成に入ると、後に史上初の兄弟横綱となる貴乃花と若乃花の若貴ブームが巻き起こります。

それまで少なかった女性ファンも増え、両国国技館は連日満員御礼となりました。

さらに曙と武蔵丸が史上初の外国出身横綱となり、大相撲は空前の盛り上がりを見せます。

しかしそのブームが過ぎると大相撲人気は徐々に下火になっていき、空席も目立つようになりました。

その中で日本人力士よりも外国人力士の活躍が目立つようになっていきました。

そのような流れの中で日本相撲協会は改革に着手します。

その結果、昔の相撲ファンの呼び戻しや新たな相撲ファンの獲得、そして相撲女子と呼ばれる女性ファンの獲得に成功しました。

そして2016年、大関琴奨菊が日本人力士として10年ぶりに優勝します。

さらに大関豪栄道も日本人力士として20年ぶりの全勝優勝でこれに続きます。

そして、長年横綱候補と言われ続けてきた大関稀勢の里の初優勝へと繋がっていくことになります。

最後に

ここまで相撲の起源までさかのぼって大相撲の歴史を見てきました。
紆余曲折ありながらも現在まで続いている大相撲ですが、日本人として国技である大相撲人気が復活したのはうれしいことです。
久しぶりの日本人横綱の誕生によってさらに盛り上がりを見せるであろう大相撲からますます目が離せません。

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